一橋大学

Piet Eeckhout 先生(ロンドン大学UCL教授)のインタビュー(2018年10月22日)

2018年11月28日中西優美子(Yumiko NAKANISHI)

2018年10月22日にPiet Eeckhout先生(ロンドンUCL教授)が一橋大学に来られ、「Brexit:市場統合と貿易自由化の間のギャップに注意せよ」というテーマで講演されました。

それに先立ち、先生にインタビューを行いました。その概要を以下に掲載します。

 

 

20181022日(月)Piet Eeckhout先生 (ロンドン大学UCL教授) インタビュー

 

インタビューアー 一橋大学大学院法学研究科 中西優美子

 

 

研究について

 

Q. 先生の主な研究分野はEU対外関係であるが、今現在は何を研究されているか。

 

A. 今も対外関係法の研究を続けていて、リスボン条約以降の貿易政策分野における権限問題について取り組んでいる。といのもリスボン条約はEUの対外的権限を対外直接投資の権限に広げたためであり、また投資に関するEU司法裁判所の判決も出てきているためである。EUと法の支配、特に、EUEU構成国にどのように法の支配を強制していくか、これに関するEU司法裁判所の役割についても取り組みたいと思っている。また、イギリスに住むEU法学者として、イギリス離脱(Brexit)の研究もしている。

 

 

Q. なぜEU法に興味にもたれたのか。

 

A. (出身国である)ベルギーのような小さい国は、一か国で社会が直面する問題を解決することができず、他国との協力やヨーロッパ諸国の団結が必要となる。ヨーロッパ諸国のさらなる統合を検討するためにEU法は魅力的な分野であった。ゲント大学に在学していた際には、国内法に比べて理論的面からも面白いと気づいた。というのも、EUで起きていることが法の発展に反映されている。WTO法など国際経済法に興味があるのは、EUが重要な貢献をしているためである。加えて、学者として、自分の専門分野だけでなく、EU法全般の一般的な概観を持ち続けるようにしている。

 

 

イギリス離脱について

 

Q. イギリス離脱(Brexit)の一要因は、構成国がEUに権限を委譲しすぎたことと考えられるが、さらなる統合のためには権限の委譲が必要とも考えられる。構成国はさらに権限をEUに委譲すべきか、それとも、構成国に権限を戻すべきと考えるか。

 

 

A. 既にEUは広い権限を有している。現在のEU法制度については、アカデミックの視点、法的分析の視点からは、適切であると言える。多くの権限がEUに排他的に付与されているのではなく、構成国と共有されており、これは、EU内における構成国による共同の行動(common action)が必要であるという考えに基づいている。構成国に権限を戻すという考えが有用と考える一方で、どの分野の権限を構成国に戻すべきか同定できるのかについて疑問がある。EUが行動した方がよい必要性があるから構成国からEUに権限を委譲するわけである。イギリス離脱はイギリスが主権を取り戻したいという考えから生じたわけであり、この考え自体はわかるが、問題は別にある。すなわち、ある権限をなぜEUが有するのか、EUが権限を要しないというのはどういう意味なのか、EUが権限を持つことがより良い政治にどのように貢献するのかを、EU法学者等が公に説明してこなかった点である。我々はEU司法裁判所の役割や、EU機関がどのように機能してきたかの説明に従事してこなかった。

 

 

憲法とEU法について

 

Q. 権限移譲に関する憲法上の規定は構成国により様々であるが、例えばドイツではマーストリヒト条約批准時にドイツ基本法が改正されて特別規定が置かれたが、ベルギーではどうか。

 

A. ベルギーの憲法にはEU統合に関する特別な条項がある。今のところは憲法裁判所では問題は生じておらず、この条項は改正されていない。この点は、憲法の観点から言えばドイツの方が問題が生じていると言える。

 

 

Q. ベルギー憲法裁判所は、先決裁定を求めるのを躊躇しないという文献を読んだが?

 

A. 多くの国内憲法裁判所が先決裁定を求めているというのはいいことだと考える。

 

 

Q.ドイツ連邦憲法裁判所は権限踰越(Ultra vires)や憲法アイデンティティ(Verfassungsidentitä)審査を導入し、EU法行為を審査しようとしている。ベルギーの憲法裁判所はどうか?

 

A. ベルギーの裁判所はより親EU的である。これは、ベルギーの機関や司法機関全体がそうであると言える。ただ、ドイツ連邦憲法裁判所がやっていることは大変健全であると考える。EU司法裁判所にとっても時折挑戦されることはいいことである。私の意見では、これは、司法的審査であり均衡をとるためである。こういった挑戦がなければ、EU司法裁判所が過剰に上位機関になってしまうという懸念も考えられるし、どのようにEU法を解釈するか、どのように構成国に影響を与えるかという点において、先決裁定の制度はEU司法裁判所が常に慎重でなければならないということを意味している。というのも、究極的には、いくつかの構成国で今見られるように、国内レベルと同じような強制力が判決に担保されないということがないよう、また、判示がEU法の適用を止めるようなことにならないようにも、先決裁定は、司法的監視という意味でも均衡を保つという意味でもよい制度であると考える。

 

 

Q. イタリア憲法裁判所も最近はTarricoII事件(C-42/17)で先決裁定を求めた。この先決裁定ではEU司法裁判所はイタリア法を認め、EU法の優位原則の貫徹を行わなかったと捉えられる。これはつまり、EU法の優位の絶対性が否定されたともとれるが。

 

A. 権限が委譲されているわけであるから、EU法優位は想定的なものであり、また、国の主権も相対的であり、この制度は内在しているというを受け入れることでのみ制度をきちんと理解することができる。ときどき均衡を保つために裁判所間で紛争が生じるのはいいことであると考える。

 

 

Q. つまり、(一見EU法の優位に反するような構成国裁判所の決定は)EU法の優位には反しないと理解か。

 

A. こうしたことは、初めて生じたわけではない。マーストリヒト条約のときには、特に、EUが権限をこれ以上拡大しないように、補完性原則が議論された。周知の通り、補完性原則は法的原則としては発展しなかった。国家アイデンティティに関するEU条約4条2項も同様に、容易には法的原則としては発展しにくいと考える。

 

ただ、数か国にとっては過度に「これはnational identityの問題だ」と容易に言えるという危険な側面はあると考える。というのも、自身を同定する、何がnational identityであるのかをだれが決めるのかというのが決まっていないであろうと私は考えるからである。ただ、national identityという原則自体、つまり、「EUnational identity」を害するべきではないということ自体はいいのではないかと思う。

 

 

Q. なぜnational identityが導入された理由はご存知か?

 

A. EUが過度に広く過度に急速に権限を獲得するのに対する不安があったからである。

 

 

最近のポーランド及びハンガリー問題について

 

Q. ポーランドとハンガリーの法の支配について。東欧はEUの法秩序に加入したがっていた。翻って今は東欧諸国は欧州の統合に反対する態度を示している。このような事態に対応するためのEU条約7条やEU運営条約258条、260条が設けられているが、こうした条項は現状に対応するのに十分であると言えるか。

 

A. 条項は十分だ、というのが私の答えだ。我々は必要なあらゆる条項を有している。こうした条項を十分に機能させることに消極的な態度の背後にあるのは、EUの憲法的な問題がある。例えば、EUの対外行動は、法の支配を要する。EUが協定を締結する際には、相手国が法の支配や基本権、民主主義を尊重しているかを重視している。EU構成国に対するよりも第三国に対してより厳格にこうした原則を課していると指摘されてきている。その通りだと思う。その理由はまさにEUと構成国の均衡にあると思う。こうした点で、EUにとって非常に重要な時期にある。例えばEU司法裁判所がポーランドに対して「EU条約2条の法の支配というのは、全構成国が法の支配を尊重しなければならないという意味である」という決定を下したという事態を想像してみてほしい。我々は、ポーランドが司法分野で行っていることが法の支配を尊重していることなのか分析しなければならない。EU司法裁判所が構成国に欧州憲法のこうした諸価値の遵守を課すという意味で、これは、EU条約をかなり重要な「憲法」に本当に変えることになるだろうし、大きな一歩であろう。

 

ここで言わなければならないのは、この条項は共通通商政策や物の移動といったEU法の全ての文脈で尊重されなければならないということである。つまり、人権についても、EU法に関する限りでは法の支配は尊重されなければならない。EUレベルで一般的に基本的な価値を構成国に強制することはできず、条約の改正が必要である。私は、おそらくこれがポーランドとハンガリー問題の原因だと思う。

 

 

Q. 罰金を規定したEU運営条約260条以外に構成国によるEU法不遵守への対応を規定した条文はない。構成国がEU法に従わず、さらに違約金や課徴金を支払わなかった場合にどう対応するかに関する規定はない。

 

A. EUが国家ではなく国際機関であることを示している。しかし、私は、このことが問題であるとは大げさには捉えない。アメリカの最高裁の決定に州の裁判所が従わないという事態を想像してほしい。連邦警察はあるという意味でEUと違いはあるが、それも問題だろう。問題となっている事柄によるだろう。EUは既に強いメカニズムを有していると私は考える。ただ、実際に制裁が課される段階に至らないことを祈る。少なくとも、EU司法裁判所の判決を我々は得ることはできる。その判決を構成国には受け入れてほしい。

 

ご存じのように、ポーランドに対する暫定的な決定があり、EU司法裁判所の副裁判長とポーランド司法省が法の支配の履行があると述べたことはいいことだと思う。こうしたことが生じている国が本当に反EUなのかは疑わしい。実際、ポーランドもハンガリーも多数派の市民は親EU派であり、EUにとどまりたいと思っている。EUレベルでの行動をターゲットにした勢力をつけてきているポピュリズム政治といった、別の要因があるのだと思う。もちろんポピュリズムのこうした動きは、リベラルデモクラシーの中では理解しがたいことではあるが。

 

 

欧州議会の選挙について

 

Q. 欧州議会メンバーの選挙について。選挙はEU市民が意見を表明する良い機会だと思うが。

 

A. 大きな機会だと思う。2014年の前回の選挙と比較すると、今は欧州の政治のより多くの発展が見られた。大衆がEUでは何が起きていて、構成国では何が起きているのか議論している。以前にはなかった、汎ヨーロッパの政治的議論がなされている。そのため、フランス大統領選やイギリス離脱後のオランダ国民投票、ブルガリア選挙、イタリアで何が起きているのか等を人々は注意深く見ている。つまり、皆ヨーロッパにおける課題というのは共通して自分に関係すると考えている。過去には、学者は、ヨーロッパという規模での議論はない、ヨーロピアンデモスは存在しないとよく言ったものだが、この点は変わってきている。

 

 

Q. それは欧州委員長候補は欧州議会の結果を考慮するというEU条約17条が理由ではないか。

 

A. それもあるが、既に人々の生活に影響を与える重要な分野(の問題)がヨーロッパ中で生じているからではないか。財政危機やユーロ危機、移民問題等。ヨーロッパ中で同じ傾向の政党がある。例えば、最近の選挙では各々の国で緑の党が以前よりもよりも勢力を拡大した。これはヨーロッパ中で見られる現象である。欧州の政治は変換期にあると思う。

 

 

Q. なぜヨーロッパ政党は実現していないのか。政党に関する条項はあるのに、誰が反対しているのか。

 

A. 例えばEPPchristian democrat conservativesでは、ヨーロッパの政治の発展においても国の政党が重要な役割を担っている。というのも政治グループ内では現実主義は相互に警戒しあっている。政治グループは非常に重要であり、より重要性を増している。

 

 

EUの将来について

 

Q. EUの将来について。

 

A. EUの将来についてはわからないが、EUはより政治的になるだろう。EUは何が必要をすべきかといった点や、条約に何を盛り込むべきかといった点に関する、純粋に合理的な政治は崩れ、構成国の政治等のやっかいなことは増えるだろう。これが、我々が向かっている方向であると思う。おそらう、法的には、もはや従来のように順調(elegant)で合理的ではなく、より政治的な制度に注意を払う必要があるだろう。

 

また、EUがどのようにこの危機を乗り越えて生き抜くのかについてはわからない。ただ、法学者として、全ての国がEUを脱退するということは考えられない。そのため、EUは存在し続けると思う。重要な問題は、EUがどのように効果的に行動し続けるか、過度に複雑な制度ではなくうまく効果的に機能するかが重要である。

 

 

Q. さらなる統合のための改革は?

 

A. ないと思う。どのように更に統合するのか今はわからない。議論を呼ぶだろうし、多くの構成国は国民投票をするだろう。経済統合、通貨統合との関係というのは、条約改正の射程によると思われる。こうした分野は、ESMのようにEU法の範囲外で設立されたメカニズムの分野であるが、機構改革によりEU法を広げてこうした分野をEU法に包含していくべきであると考えられるが、これが実現するかはわからない。実現させるのはかなり複雑だろう。私は次の10年で新しい条約が何かを大きく変えるということは期待しない。

 

 

 

このインタビューの後、Eeckhout先生のご講演が開かれた。ご講演の内容は
http://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/STUD/2018/603866/EXPO_STU(2018)603866_EN.pdf

 

 

本インタビューの内容は、一橋大学大学院博士後期課程の大学院生の吉本ふみさんがまとめられました。