一橋大学

5月10日のEUワークショップのコメント (川上さんより)

2017年5月11日中西優美子(Yumiko NAKANISHI)

法学研究科博士課程1年の川上です。本日は社会学研究科の上野さんから「移民をめぐる『うわさ』への対抗実践に見る欧州多文化主義の刷新―『バルセロナ反うわさ戦略』生成過程から―」の報告がありました。

上野さんは修士課程で研究されていたスペイン・バルセロナ市の移民に対するうわさの解消とそこに伴う住民の交流について、博士課程でさらに複眼的・多角的に研究を深めていかれます。修士課程ではバルセロナ市役所や市民活動団体での「反うわさ戦略」がどのように生まれたのかを、移民後発国であるスペインならでは取組みとして、特にバルセロナ市に着目して歴史的アプローチからマルチ・カルチュアリズム(多文化主義)からインター・カルチュアリズムへの流れを示されました。移民統合の研究の多くは、国家レベルの政策(マクロ)や、個々の草の根活動レベルや個人レベル(ミクロ)のものが多いのですが、上野さんはその中間としてのローカルな市役所と市民(移民・非移民ともに)の協働プロジェクトとしての「反うわさ戦略」に着目します。

うわさというものは、注目の対象物に対して情報が不足している人々が作り出す「即席のニュース」という側面がありますが、これを否定するだけではかえって反発を招き、断絶を深刻化させます。反うわさ戦略はマイルドに議論の中で、ビラ配りや講習の中でデータを元に移民に対するうわさの解消と移民・非移民の交流を促進させるものです。2010年から始まったこの新しい運動の効果や問題点は何なのか、他の地域・国にもこの運動を活用することができるのか非常に興味深い点が多いです。

発表の後の質疑の時間では、うわさが生成される前の予防的アプローチの方が大事ではないのか、移民の中の階層と所得分布の差によって市役所のリソースの分配が偏っているのではないか、バルセロナ市という地理的特徴が大きいのではないか、反うわさ戦略によって自然消滅するうわさが固定化されることはないか、といった指摘がありました。さらに政策評価をする上で、うわさは現場に応じて内容が変化するため他の地域との比較が難しいこと、そしてやはりバルセロナ市の地理的・行政的・商業的把握が不可欠であるという事が挙げられました。

移民統合との関係ではこのソフトな取り組みは対立を生むことなく、対話を通じて交流と相互理解を生むため非常に有益であると思われますが、私の中では何をもって「効果があった」と言えるのかが気になりました。上野さんもそこは認識されており、修士課程では役所や運動団体のリーダーから「効果があった」との評価があったとのインタビュー結果を得ていますが、博士課程ではより末端の当事者からも聞き取りをされるそうです。