一橋大学

EUワークショップのコメンテーターによるとコメント(2018年9月19日)

2018年9月19日中西優美子(Yumiko NAKANISHI)

 

2018919EUWS

 

コメンテーター:吉本

 

 

 

1.木場さん『フランシスコ・デ・ビトリアにおける社会性』

 

木場さんは、スコラ学者が論じた社会性がリチャード・タックによっては十分に論じられていない点に注目し、スコラ学者の代表であるビトリアによる社会性に関する議論について報告しました。結論としては、ビトリアの社会性概念は、社会生活は人間の本質にとって欠かせないという考えと、人間同士の敵対性を取り入れた、平等な人間の結びつきをイメージする概念であったと示しました。

 

報告後には、報告内容の社会的背景の説明を求める意見が出され、また、社会観念に関する質問や、このテーマを取り上げる理由等に関する質問が出されていました。また、ビトリアのいう「社会的」というのは、家経済の中の話を含むのか、家父長間の関係にとどまるのかについてコメントや、タイトルにある「社会性」とビトリアの「societas」を峻別すべきとのコメントがありました。さらに、今のどのような問題につなげていくかを意識したほうがいいという意見が出されました。

 

 

 

2.若松さん『理想化されるサンティアゴ巡礼――「巡礼者」とは誰か、「巡礼」とは何か――』

 

若松さんは、現代のサンティアゴ巡礼者が持つ目的意識の変容と、巡礼に対して抱く理想像について報告されました。結論として、第一に、サンティアゴは1990年代後半に現代的「巡礼地」としての地位を獲得したこと、第二に、コンポステーラ大聖堂は巡礼側とホスト側双方の理に適うよう現代的に変化したこと、第三に、巡礼自体よりも、そこに至る過程で得られる感動が重要視されるようになったことが挙げられました。

 

日本のお伊勢参りと比較したら巡礼はどのように解せるかという質問が出ました。これに関して、日本では本尊でないと御朱印をもらえないが、キリスト教は周りの商業施設と結びついているという点に鑑みると、日本とサンティアゴは単純に比較できないのではないかという意見や、何が真の信仰と考えられるかについては安易に類型化できないというコメントが出されました。「大巡礼」に焦点をあてることに対するありうる反論(有名な聖人よりも、ローカルセイントの方が重要という論)も示されました。最後に、巡礼をテーマにする意義について問われました。