一橋大学

5月11日のEUワークショップのコメント

2016年5月15日中西優美子(Yumiko NAKANISHI)

 

 

法学研究科 法学・国際関係専攻

博士後期課程1年 石井雅浩

今回は5月11日に行われたEUワークショップにおける法学研究科博士後期課程1年の葉さんによる「国際人権犯罪における多層な法律規範と国内裁判所の役割」に関する研究報告と法学研究科修士課程2年の川上さんによる「国際人道法の諸原則(軍事的必要性)」に関する研究報告とについて、コメンテーターとして報告させていただきます。

報告者の葉さんは、このテーマに関する報告を修士課程在籍時から、本ワークショップの場でなされてきました。今回の報告では、修士論文としてまとめられた内容についてのあらましと今後の博士後期課程における研究の方向性について報告されました。

葉さんは、「普遍的管轄権」に着目し、紛争後の不安定な当事国では裁くことが難しい重大な人権犯罪者の責任を追及する代替案に関して研究されています。これまでの国際刑事法廷の枠組みを確認し、第三国による管轄権の域外適用、すなわち普遍的管轄権の行使、が行われること、国際刑事法廷の確立は第三国による普遍的管轄権の行使を妨げないことを確認し、容疑者の確保から審理に至るまでの過程について分析をされています。

葉さんの研究は、国内法改正がなされるまで管轄権の域外適用を最も広くとる絶対的な普遍的管轄権の立場をとっていたスペインとベルギーを事例とし、国内法の改正と司法実行に基づいて国内裁判所の司法能力を検証されています。まず法改正前のそれぞれの法制度の特徴に触れ、実際に普遍的管轄権が行使された事例を紹介されました。さらに、法改正の内容、法改正後の動向について報告されました。

葉さんは結論として、第三国による管轄権の域外適用が成功裏に機能する条件および管轄権行使が持つ限界を論じ、さらに管轄権行使にみられる特性として公判前の不在管轄権行使を指摘されました。今後の研究の方向については、司法能力に着目した修士論文をさらに発展させ、また国際人権条約や地域人権条約と国内法の相互作用に着目し研究されるそうです。

報告後の参加者からのコメントでは、審理と引き渡しの事例をはっきり区別する必要性が述べられ、また法的安定性の視点からなされたコメントに対して地域社会の視点からでは受け止め方が全く異なり同じ事実を考察する際に見解が必ずしも一致しないことなどが指摘され活発な議論がなされました。また、用語の使用法や表現の修正の提案等もなされました。重大な人権犯罪を犯したとされる容疑者が審理にもかからず不処罰なままになりうる現状でよいのか、という重要な問題である本研究の進展と次回の報告が待たれます。

川上さんは、国際人道法と国際人権法の交錯に関する研究をされており、今回は国際人道法の諸原則の一つである軍事的必要性に着目して報告をなされました。戦時と平時の線引きが難しくなった今日では、国際人道法と国際人権法の適用範囲を見極めることは困難であり、両方の関係性に着目されています。

川上さんは、まず国際人道法という名称とその性格が変化してきた意味を検討し、さらに、武力紛争時における人権について検討されました。そして、今回の報告の柱である軍事的必要性の原則について歴史的な経緯、その機能内容を説明され、対立する人道的考慮との関係を各国の軍事マニュアルの記述からその具体的内容を抽出することで探求しています。

具体的には、ドイツ、フランス、アメリカ、イギリスの各軍事マニュアルにおける軍事的必要性に関する記述を検討し、その構成要素を比較されています。そして、そこにみられるアプローチの違いに着目し、国際人道法の発展から検討されています。その際、リーバー法典、サンクトペテルブルク宣言、ハーグ陸戦法規、戦数理論とニュルンベルク国際軍事裁判所、1949年ジュネーブ諸条約、第一追加議定書を検討されました。

報告後のコメントでは、研究全体の枠組みの確認や他の国際人道法原則の確認、各国軍事マニュアルの法的地位についての質問などがなされました。また、jus in belloの概念史的な側面から扱う研究範囲などの確認などがなされました。さらに、関連する研究の紹介もなされました。

現在の国際関係において、平時と戦時の区別は困難であり、またそこを突くような戦術、たとえばハイブリッド戦争、も出現してきています。また、内戦などを扱うために国家間紛争に限られた国際人道法が適用範囲を拡大してきた経緯があるなかで、いまだにカバーされていないテロリストなどの問題もあります。さらに、通常兵器でされる紛争がある一方で、サイバー領域や宇宙領域など現代の国際紛争の特性は変化しています。本研究が国際人道法と国際人権法との関係を検討することは、現代の紛争の現実からも重要性は高まっていると考えられ、今後の研究の発展と報告が期待されます。